インクレチン(incretin)は、インスリン分泌刺激因子の意味で、腸から分泌されるインスリン分泌促進作用のある消化管ホルモンです。
1906年に、腸で作られ膵臓からのインスリン分泌を促す物質が存在するという仮説の下、腸粘膜の抽出物が糖尿病のある人の尿糖を減らすことが報告されました。1964年には、ブドウ糖を腸に投与した場合、ブドウ糖を静脈に投与した場合よりたくさんのインスリンが分泌されることが発見され「インクレチン効果」と呼ばれました。そして1970年に第一のインクレチンであるGIP(glucose-dependent insulino-tropic polypeptide 血糖値依存性にインスリン分泌を促す物質)が発見されました。更に1983年には第二のインクレチンであるGLP-1(glucagon-like peptide グルカゴンに似た物質)が発見されています。
GIPは小腸上部のK細胞から分泌され、血糖値が高いときにインスリン分泌を促します。興味あることに、通常体内で作られる量(生理学的濃度)では肥満を助長しますが、大量投与(薬理学的濃度)では逆に食欲が抑制され肥満が改善されインスリン感受性(インスリンの効き具合)が亢進することがわかっています。
GLP-1は小腸下部のL細胞から分泌され、血糖値が高いときだけインスリン分泌を促します。更に血糖を上げるホルモンであるグルカゴン分泌を抑制します。薬理学的濃度では脳に作用して食欲を抑制し、胃内容物排出抑制作用も認められています。
GIPは食物中の糖質(ブドウ糖など)、脂質(遊離脂肪酸など)、タンパク質(アミノ酸)に反応して分泌されます。GLP-1は食物中の糖質、脂質、タンパク質だけでなく神経系やホルモンを介しても分泌されます。
2型糖尿病では、GIPのインスリン分泌促進能は低下しますが、GLP-1のインスリン分泌促進能は比較的保持されているためGLP-1を補充する治療法が研究開発され、そして臨床で使用され効果を上げてきました。それがGLP―1受容体作動薬です。しかしながらGIPを薬理学的濃度で投与することによって食欲抑制による肥満改善、インスリン感受性亢進、そして血糖依存性のインスリン分泌促進効果を期待できることがわかってきました。そのような状況の中で登場してきたのがチルゼパチド(マンジャロⓇ)です。
GIP/GLP-1受容体作動薬、チルゼパチド(tirzepatideマンジャロⓇ)は天然GIPのアミノ酸配列を基本とした薬剤です。GIP受容体への結合が強い薬剤でありGIP受容体作動薬とも言うべき薬剤ですが、GLP-1受容体へも結合する新しい週1回の注射薬剤です。GIPの血糖依存的なインスリン分泌促進効果、食欲抑制作用、インスリン感受性亢進作用だけでなく、GLP-1の血糖依存的インスリン分泌促進効果、グルカゴン分泌抑制効果、食欲抑制効果および胃内容物排出抑制効果も期待できます。注目すべき点はインスリン感受性の改善により食後インスリン分泌が亢進されないことです。高インスリン血症をできるだけ避ける視点からは好ましい薬剤です。
日本人を対象とした研究(SURPASSJ-mono研究)では、52週間後、マンジャロⓇ5mgではHbA1c平均2.4%、10mgでは平均2.6%、15mgでは平均2.8%の低下が示されています。体重ではマンジャロⓇ5mgで5.8kg、10mgで8.5kg、15mgで10.7kgの減少を認めています。すなわち約1年でHbA1c約2.5%低下、体重約10kg低下の可能性があります。
副作用としてはGLP-1受容体作動薬と同様に、悪心、嘔吐、便秘、下痢などの消化器症状があります。約1~2割の方に出現する可能性がありますが、それを防ぐため用量は2.5mgより漸増していく必要があります。
マンジャロⓇは日本ではしばらく入手が困難でしたが、日本もようやく最大量である15mgまで処方可能となりました。肥満があり食欲や血糖のコントロールが困難で悩んでおられる方には起死回生の効果が期待できる最新治療法です。当院ではそのような方にはマンジャロⓇを積極的に処方しております。