糖尿病におけるグルカゴンについて|福岡市博多区内科・糖尿病内科 | 山本診療所

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院長コラム

Doctor's column

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糖尿病はインスリンだけでなくグルカゴンの異常である

院長コラム2019.10.14

近年、糖尿病におけるグルカゴンの研究が飛躍的に進んでいます。グルカゴンは1921年カナダでのインスリンの発見に続いて1923年に米国で発見された29個のアミノ酸からなるペプチドホルモンです。グルカゴンは主に膵ランゲルハンス島のα細胞から分泌されるホルモンですが、消化管特に胃からも分泌されます。ただし血中濃度は低くインスリンの約1000分の1です。主に肝臓での糖新生(内因性ブドウ糖産生)を促進してインスリンとは逆に血糖を上昇させる作用を持っています。

 

健常者では、血糖上昇によりインスリンが分泌されるとグルカゴンは逆に分泌が低下して血糖が下がります。逆に血糖低下ではインスリン分泌が抑制されグルカゴン分泌が亢進して血糖が上昇します。生体特に脳にとってブドウ糖は最も重要で効率的なエネルギー源すなわち燃料であり、インスリンとグルカゴンという二つの相反する作用のホルモンが糖の代謝を調節しています。

 

1959年に米国テキサス大学のRoger H Ungerは、RIA法による膵グルカゴンを測定する方法を開発し、1970年に「糖尿病患者では血糖が上昇してもグルカゴンは下がらず、むしろ上がる」ことを発見しました。そして1975年Ungerは従来のインスリン欠乏が糖尿病の病因であるという定説( Insulinocentric theory )に対して糖尿病はインスリン欠乏だけではなくグルカゴン過剰も加わり発症するという新しい仮説 (Bihormonal theory )を提唱しています。しかしながらその後はグルカゴン研究は世界的には停滞していました。ところが2011年、Ungerはグルカゴン受容体を持たないマウスのインスリン分泌をゼロにしても糖尿病にはならない、すなわち「インスリンがなくても、グルカゴンが作用しなければ糖尿病にはならない」という画期的な実験結果を発表して、グルカゴンが再び注目を浴び始めたのです。グルカゴンルネッサンス、グルカゴン革命 ( Glucagonocentric theory )と呼ぶ人々もいます。2013年にはSandwich ELISA法という測定技術の進歩でグルカゴンのより正確な測定が可能となり、グルカゴン研究が盛んになり、Ungerが指摘していた「糖尿病ではグルカゴン分泌の抑制が起こらず高グルカゴン血症の状態である」ことが再確認されてきています。

 

更に興味深いことに、膵島α細胞からのグルカゴン分泌は膵島β細胞からのインスリンにより膵島内で直接調節されており( Paracrine function )血糖上昇時には高血糖そのものではなく分泌されたインスリンによりグルカゴン分泌が抑制されることもわかってきました。そして糖尿病の場合は、インスリン作用不足によりこのグルカゴン分泌が抑制されないことになり肝臓での「内因性ブドウ糖産生」が亢進して血糖が上昇することになります。膵島内での高濃度のインスリンが膵島α細胞のグルカゴン分泌を抑制しているのです。

 

すなわち糖尿病はインスリン欠乏または作用不足だけではなく「グルカゴン過剰」もその病因に深く関与していることがわかってきたのです。その結果、「グルカゴン抑制」は糖尿病治療の一つとして考えられるようになりましたが、実際、DPP4阻害薬やGLP-1受容体作動薬、そしてメトホルミンがグルカゴン抑制作用を持っていることを指摘されています。

 

グルカゴンの視点からの糖尿病薬物療法を考える場合、メトホルミンがグルカゴン抑制効果をもっていたということは驚きでした。約60年前に作られ、今や欧米では食事療法をする前からでも服薬開始すべきとされている糖尿病の第一選択薬であるメトホルミンはインスリン抵抗性改善薬として分類されていますが、その薬理作用の本質は肝臓による糖新生を抑制することであるということは判明していました。メトホルミンがグルカゴン抑制そして大腸にも働きGLP-1分泌を刺激することがわかり、そしてその多彩な作用や消化管を通して働くことなどから漢方の生薬に類似していることもわかってきたのです。

 

グルカゴンから見た食事療法における注意すべき点として、タンパク質すなわちアミノ酸がインスリンだけでなくグルカゴン分泌をも刺激するという事実が知られています。すなわち糖尿病において、高タンパク食によりグルカゴンの更なる過剰分泌が引き起こされ血糖コントロールが悪化する危険性があると考えられるのです。また高タンパク食はインスリン必要量を増大させます。高タンパク食は膵β細胞に負担をかける危険性があるのです。また高脂肪食は腸内細菌叢に悪影響を及ぼし大腸L細胞から分泌されるGLP-1の分泌を低下させることによりグルカゴン抑制が効かなくなることも考えられます。すなわち高脂肪高タンパク食はグルカゴン分泌の視点からも問題があると言えるのです。

 

食後高血糖に関しても、食後血糖は食事由来だけではなく、肝臓で生産される(糖新生)ブドウ糖が含まれています。すなわち内因性ブドウ糖の上昇を考慮しなければならないのです。そして2型糖尿病では食後のグルカゴン分泌が抑制されず「内因性ブドウ糖」を過剰に生産して食後高血糖を引き起こすと考えらえています。

 

グルカゴンから生体を見ていくと、生体が「ブドウ糖」をいかに大切にしているかが理解できます。ブドウ糖は生体にとってクリーンエネルギー源であって、特に脳は主にブドウ糖を燃料源として、人間にとって最も高度の活動であり人間らしさの原点でもある「思考(Thought)」を生み出しているのです。食事として炭水化物を十分摂ることも重要ですが、その不足に備え「肝臓」はその最も重要なエネルギー源である「ブドウ糖」を絶えず切らさないために、「グリコーゲン」という形でブドウ糖を蓄え、炭水化物以外の材料を使った「糖新生」というブドウ糖生産を行っています。すなわち人間は、「思考」を生み出すため肝臓というエネルギー工場を体内に持っており膵臓や消化管から分泌されるグルカゴンにより脳が考え続けるための万全の体制がしかれているのです。