糖尿病の「総合的治療」 Integrated therapy
薬物療法では、低血糖をおこさず、血中インスリン濃度をできるだけ低値に保ちながら、適切な体重を維持し、そして膵β細胞を保護しながら血糖コントロールを行うことが大切です。当クリニックではそのために2型糖尿病に対してメトホルミンやピオグリタゾンなど「血中インスリン降下薬」としてインスリン抵抗性改善薬を中心とした薬物療法を行っていきます。これらは大血管を守り心筋梗塞、脳卒中を予防する作用もあります。2016年にはメトホルミンとピオグリタゾンの併用が心筋梗塞と脳卒中の発症を最も抑制できるという研究結果も報告されています。更にメトホルミンには癌予防作用も期待できます。
新薬であるSGLT2阻害薬も血中インスリン降下薬として適応のある方に慎重に治療を行なえば期待できる薬剤です。なおDPP4阻害薬は長期投与の安全性が不明のため日中のみ効かせて夜間を減薬した状態にできる薬剤を使用して間欠的DPP4阻害薬療法により長期的副作用を予防しています。また抗酸化、血管免疫強化療法としてのビタミンC療法、循環障害改善や抗慢性炎症療法としての生薬療法、更には実行可能な穏やかな運動療法も行いながら総合的に健康的な長寿を目指していきます。
糖尿病治療は、従来の血糖さえ下げればよいという時代は終わっており、どのような薬剤で下げるかが寿命に大きく影響してきます。そして抗酸化アプローチなど多方面の治療が大切になってきています。糖尿病治療はいわば予防医学の集大成なのです。
- 参考文献
- Julia Hippisley-Cox et al. Diabetes treatments and risk of heart failure, cardiovascular disease, and all cause mortality: cohort study in primary care BMJ 2016;354:i3477
メトホルミン療法 Metformin therapy
今、2型糖尿病治療において、日本ではDPP4阻害薬が注目されており多くの医師が第1選択薬として使用し始めています。この薬剤は日本で発売後約7年が経過していますが長期の副作用も含め未知の点が多くある薬剤です。第1選択薬とするには時期尚早であると思えます。
現時点において私は、メトホルミンを第1選択薬として使用しています。この薬剤は約60年前にフランスで薬用植物から作られた薬で大規模臨床試験においても心筋梗塞など血管合併症の予防効果が実証されており、さらには近年癌予防効果や癌死亡率低下など抗腫瘍作用が多数報告されています。米国では約25年前より再評価され、肥満の有無に関係なく2型糖尿病と診断されたその日から服用開始すべき薬剤として高く評価されています。
インスリン抵抗性改善作用(インスリンの効き目が良くなる)による血糖降下作用、体重増加抑制作用、抗炎症作用、抗酸化作用があり、低血糖も起こしにくく、薬価も安く、安全性も確立された薬剤です。ただし腎不全やアルコール依存症の方は禁忌となります。抗加齢医学の分野ではアンチエイジングに有効な唯一の薬剤として研究されています。しかしながら、日本では残念ながら、まだ多くの糖尿病患者さんがこの薬剤の恩恵を受けていません。日本は依然として、インスリン分泌促進薬であるSU薬を中心とした治療が主流で、新薬であるインクレチン関連薬がそれに加わった状況です。今の日本の糖尿病治療は混沌としているのです。
ピオグリタゾン療法 Pioglitazone therapy
ピオグリタゾン(アクトス®)は、日本が開発した世界に誇るべき画期的なインスリン抵抗性改善薬(インスリン感受性改善薬)です。約13年間にわたるピオグリタゾンの私の臨床経験より心筋梗塞や脳卒中の予防効果を実感しており動脈硬化の抑制効果では今ある糖尿病薬の中で最強であると考えています。そして効果が持続するのも特徴です。インスリン抵抗性の研究で著名な米国テキサス大学のデフロンゾ教授はピオグリタゾン中心の糖尿病治療を今でも提唱されています。
ピオグリタゾンは、メトホルミンと共に大規模前向き試験で心筋梗塞や脳卒中を予防することが証明された薬剤です。そして他の糖尿病薬と比較して総死亡率が最も低いという報告もあります。またフランスの後ろ向き研究で問題になった膀胱癌の件では、この研究に対して専門家から異議が出されており、米国で行われた前向き研究の約10年の結果を見ると膀胱癌発症率の増加はなかったのです。
糖尿病の治療薬は、最低でも10年の時間の試練に耐えられなければ信頼できないと考えています。時間の重みをおろそかにしてはなりません。命を守るという観点から、ピオグリタゾンは発売後約17年が過ぎ、今後メトホルミンと共に糖尿病治療の中心になるべき薬剤であると確信しています。
- 参考文献
- Ralph A. Defronzo et al. Pathophysiologic approach to therapy in patients with newly diagnosed type 2 diabetes Diabetes Care 2013;36
αGI療法 αGI therapy
糖の分解を阻害して小腸からの糖の吸収を遅らせることによって食後血中インスリン濃度を低下させ、更に食後高血糖を改善する薬剤がαグルコシダーゼ阻害剤です。炭水化物を多くとる日本人には有効な薬剤であり、前糖尿病や2型糖尿病の心筋梗塞の予防や高血圧改善、体重減少の証拠を示した論文があります。一般的にはこれらは食後高血糖の改善による効果であると考えられていますが、私は食後血中インスリン濃度の低下がこれらの効果の本質であると考えています。 ガスや軟便などの消化器症状の副作用がありますが、服用可能な方には有益な薬剤です。
SGLT2阻害薬療法 SGLT2 inhibitor therapy
腎臓に働き尿糖を増加させることにより血糖を低下させる薬剤です。原点はリンゴの樹皮に含まれるフロリジンという化学物質です。インスリンを介さず、インスリン血中濃度を下げる作用があるため、メトホルミン、ピオグリタゾン、αグルコシダーゼ阻害薬に次ぐ第4番目の血中インスリン低下薬と考えることができます。また体重減少効果を期待できる治療薬です。2015年EMPA-REG OUTCOMEという欧米の大規模臨床研究で心血管死、全死亡を有意に低下させたことで話題になりました。しかしながら、約3年前に日本で発売されたとき、因果関係はすべて明らかではありませんが約1年間で15名の方々が死亡されています。私の臨床経験でも、この薬剤の反応には個人差が大きく、著効を示す方もあれば、副作用で服用中止せざる負えない方々もおられることがわかってきました。いま流行りの、ある集団の平均値で治療を考えようとするEBM(Evidence-based Medicine)に警告すべく現れた薬剤ともいえるのではないかと考えています。患者の方々を平均的な患者の方々とみるのではなくそれぞれが違う方々として診ていくことが非常に必要な薬剤です。以上より、肥満があり、減量困難な、脱水予防のため水を飲むことが可能な方々にこの薬剤による起死回生の効果を期待して治療を行っています。ただし慎重に経過を拝見しながら治療を行っています。今後期待できる薬剤です。
間欠的DPP4阻害薬療法 DPP4 inhibitor therapy
DPP4阻害薬は現在、日本では頻用されている薬剤です。日本人はインスリン分泌能が低下しているという長年の固定観念のため、第一選択薬となりつつある薬物です。単剤では低血糖を起こしにくく、体重も増加しにくい薬剤であり、血糖降下作用もある程度期待できる薬物です。ただし約半年位から効きにくくなるという耐性の問題も指摘されています。またインクレチンは通常体内では数分間で不活化されているホルモンであり内分泌学の立場や生体の合目的性から考えても、その活性を人為的に継続させることには長期的な問題があるのではないかという懸念があります。さらには2013年に米国UCLAのButler先生が指摘した膵癌のリスク増大の懸念もまだ完全には解決していません。膵癌は早期発見自体が困難であり今までの大規模臨床試験でも詳細な検査は行われておらず末期の膵癌の発見において明らかな有意差はなかったという結果だけで実際は何もわかってはいないのです。
これら長期的副作用の懸念を解決するため、私は、通常朝と夕に服用する半減期7時間のアナグリプチン(スイニー®)を朝のみもしくは食事の時間帯に合わせて1日1回服用することによって日中のみ効かせて夜間睡眠時は減薬状態にする間欠的DPP4阻害薬療法を行っています。このことによって長期的副作用が防げると考えています。その場合の血糖降下作用も他のDPP4阻害薬と変わらず、朝食後血糖はむしろより低下したという報告があり、夜間減薬することにより耐性を防ぐことが可能ではないかと考えています。
- 参考文献
- 山本哲郎 「間欠的DPP4阻害薬療法(Anagliptin100mg1日1回投与)による長期的副作用防止の可能性とその血糖降下作用について」
第61回日本糖尿病学会年次学術集会抄録
短期インスリン療法による膵β細胞復活療法 Short-term insulin therapy
糖毒性解除のためインスリン抵抗性改善薬との併用による1~3か月の短期インスリン療法は膵β細胞復活のために非常に有効です。短期インスリン療法は、一般的にはインスリン単独で行われていますが、私はインスリンのみでなくインスリン抵抗性改善剤と併用することがとても重要であると考えています。その後は経口薬のみで血糖コントロールが良好となる可能性があります。2型糖尿病治療においては短期インスリン療法にこそインスリンの最大の利点があると考えています。具体的には超速効型インスリンを1日3回または最新の優れた長時間作用型インスリンであるインスリンデグルデク(トレシーバ®)を1日1回使用し外来で始めることができます。入院の必要はありません。
2型糖尿病のインスリンからの離脱 Withdrawal of insulin
2型糖尿病の病態としてインスリン分泌不全とインスリン感受性低下(抵抗性)があり、日本人の多くは遺伝的に分泌不全であるというのが従来の定説でした。しかし実際は、増加している糖尿病の原因はインスリン感受性低下であると考えています。以前はインスリン分泌刺激薬のSU剤やインスリンしか治療薬がなかったためにインスリン感受性改善のための薬物療法は行えなかったのです。その後、メトホルミンが再評価され、更にピオグリタゾンが登場してきました。これらは共に大血管障害予防効果が証明されており、これらを服用することにより心筋梗塞や脳卒中を予防することを期待できます。ピオグリタゾンの動脈硬化抑制作用は心臓の冠状動脈の血管内視鏡検査で確認されています。またメトホルミンには抗腫瘍作用があることが示唆されており癌の予防になる可能性も出てきました。欧州で行われた研究で死亡率が最も低いのがピオグリタゾンで2位がメトホルミン、SU薬やインスリンは死亡率が高いという結果もあります。メトホルミンとピオグリタゾンの併用療法は強力で2型糖尿病の場合、驚くべきことに長年のインスリンからの離脱、中止が可能な症例が多くあります。中には約60単位のインスリン治療を受けていた方でもインスリンを中止できる場合があります。インスリン量とは関係ないのです。(ただしあくまで2型糖尿病の場合です。1型糖尿病の場合はインスリン治療が必要です)このような考えは比較的新しい考え方で、このような考えで治療を行っている医師は全国でもまだ少数です。
- 参考文献
- 1) 山本哲郎「転換期の2型糖尿病治療」臨床と研究 第86巻12号
- 2) 山本哲郎「インスリン抵抗性改善剤併用によるインスリン離脱療法」第56回日本糖尿病学会抄録
- 3) Steven E Nissen et al. Comparison of Pioglitazone vs Glimepiride on progression of coronary atherosclerosis in patients with type 2 diabetes The PERISCOPE randomized controlled trial JAMA 2008;299
- 4) Tzoulaki Iet al. Risk of cardiovascular disease and all cause mortality among patients with type2 diabetes prescribed oral antidiabetes drugs:retrospective cohort study using UK general practice research database BMJ 2009;339
ビタミンC療法 Vitamin C therapy
糖尿病の方はビタミンCの血中濃度が低下しているという多くの報告があり、更にブドウ糖とビタミンCの構造式が類似しているため競合によりビタミンCが細胞内へ取り込みにくくなっていると考えられています。すなわち糖尿病の方はビタミンC欠乏状態(潜在的壊血病)にあるのです。ビタミンC欠乏は動脈硬化や免疫力低下を引き起こします。また糖尿病の方は、酸化ストレスにさらされておりビタミンCは強力な抗酸化作用をもっています。ビタミンCは糖尿病の方が服用すべき最も重要なビタミンなのです。
参考文献
第60回日本糖尿病学会抄録
東洋医学療法 Oriental Medicine
地黄、桂皮、人参などの生薬に血糖降下作用を指摘されており軽度の血糖降下作用は期待できますが、実際は血糖コントロールに関しては現代医学が優れており、メトホルミンなど評価の高い化学薬品による治療が基本です。メトホルミンも化学薬品ではありますが約60年前に薬用植物から作られました。しかしながら血糖コントロールだけでは合併症は完全には予防できないこともわかってきました。そのため糖尿病合併症の予防と治療に対して漢方治療は有効と考えます。漢方は約二千年の歴史を持つ自然を尊重する東洋思想から生まれ多成分系の生薬を使った副作用の少ない優しい医学です。科学的漢方医学の立場から考えた場合、漢方治療の特に優れている点は、慢性炎症に対する抗炎症剤と循環障害に対する駆瘀血剤です。これらを合併症に対して使用していきます。血管合併症の病態は血管内皮細胞の「慢性炎症」と考えられています。それに対して抗炎症作用のある生薬を組み合わせた処方で対応します。慢性炎症に対する化学薬品は副作用の問題があります。また血管障害による「循環障害」を漢方医学的には「瘀血」と考え駆瘀血剤による治療を行っていきます。駆瘀血剤は漢方の奥義とでもいうべき薬剤です。さらに漢方は止血作用も優れており糖尿病性網膜症による眼底出血の予防治療にも有効であると考えられます。またメタボリックシンドロームに対しても漢方治療が有効な場合があります。
運動療法 Exercise Therapy
体は動くことを要求しています。よく言われているのが1日1万歩歩くことです。しかしながら現実的には困難です。当クリニックではまずは食後高血糖の治療のため食後15分の歩行療法をすすめています。運動はインスリンなしでブドウ糖を筋肉に取り込ませることができます。10分で下肢筋肉のグリコーゲンが使われ、その後5分で血液中のブドウ糖が消費され血糖が20~30mg/dl低下します。また運動はインスリン感受性を改善する効果もあります。血糖降下薬を飲むつもりで15分歩くことをお勧めしています。室内での足踏みや昇降台の昇り降りでも結構です。運動を激しくやる必要はありません。まずはただ歩くだけで良いのです。ただし薬物療法を受けておられる方は低血糖に注意が必要です。心臓病や腎臓病の方も運動量や強度に注意すべきです。最近では中等度の運動が寿命を延ばすと指摘されるようになりました。また運動はストレスホルモンであるコルチゾールを低下させたり、癌の予防にもなることが示唆されています。中等度の運動は若さを維持するための薬なのです。楽しくやりましょう。
睡眠療法 Sleep
睡眠の時間と質の低下でインスリン感受性が低下し糖尿病の発症や悪化に関係するという報告があります。更に睡眠を改善することによって血糖コントロールが良好になるという報告もあります。通常の睡眠障害に対しては、ライフスタイルの改善に加えメラトニン受容体作動薬やアミノ酸のグリシン、ビタミンB3などの穏やかな治療法を優先しています。また睡眠時無呼吸症候群も注意すべき病態です。
禁煙療法 Abstaining from smoking
喫煙は心筋梗塞、脳卒中、癌、肺気腫などの原因になります。最近、日本人の喫煙者の寿命は約10年短いという論文が発表されました。糖尿病患者の足壊疽による足の切断も喫煙者に多いと言われています。インスリン抵抗性を引き起こすとも指摘されています。そして喫煙はビタミンCを破壊します。禁煙は重要な糖尿病治療の一つであると認識することが大切です。ご自分のためご家族のため強い意志で禁煙されることをお勧めしています。また禁煙の影響がなくなるまで数年かかるともいわれています。早ければ早いほど良いのです。
- 参考文献
- Sakata R et al. Impact of smoking on mortality and life expectancy in Japanese smokers: a prospective cohort study BMJ 2012;345:e7093
節酒療法 Abstaining from alcohol
アルコールには肯定的な論文もありますが、反対の論文も多くあることを認識するべきです。アルコールはビタミンCやビタミンB群を破壊します。また内蔵脂肪を増やしメタボリックシンドロームの原因になります。更に交感神経刺激作用により頻脈や不整脈の原因にもなります。高血圧、糖尿病の発症にも関与するといわれています。連日飲酒をやめることも糖尿病治療のひとつです。
- 参考文献
- H.H.コルンフーバー 「アルコール 少量飲酒習慣が健康障害を起こす」
食事療法 Diet therapy
食事療法は従来から糖尿病治療の基本でありながら最も継続困難なものでした。
SU剤とインスリンしかなかった時代には血糖コントロール不良の原因を患者の方々の食事療法のせいにする傾向があったのです。食事は個性と密接な関係があり厳密な食事療法にはストレスを伴い長期的限界があることを認識する必要があります。治療を患者の方々の責任にしてはいけないのです。戦後日本では乳製品を含む脂肪摂取量が増加し炭水化物摂取量は減少しています。そのため乳製品を含む脂肪摂取量の増加が近年の日本人における糖尿病増加の原因の一つであるといわれています。また逆に炭水化物摂取量の減少が糖尿病増加の原因の一つであるという学説もあります。
現時点において私は、糖尿病食事療法の歴史からみて食事は和食を中心とし標準的な炭水化物、タンパク質、脂肪のバランスのよい日本糖尿病学会のカロリー制限食(たんぱく質15%、脂肪25%、炭水化物60%)を勧めています。そしてメトホルミンなどの薬物療法を上手に行い、ストレスのない程度に徐々に健康的な食事にもっていくように治療をおこなっています。食事制限によるストレスがステロイドホルモンの合成分解を通じて活性酸素を発生させ得る危険性も忘れてはなりません。またストレスは免疫細胞であるNK細胞を減少させます。
またフレッチャーイズムとして知られていた30回咀嚼することが食後血糖を下げ、肥満にも有効であると指摘されています。実践する価値があると考えています。
- 参考文献
- 1) 日本糖尿病学会編 「糖尿病学の変遷を見つめて 日本糖尿病学会50年の歴史」
- 2) 山本哲郎 「75gブドウ糖負荷試験2時間値の問題点と食後高血糖の再評価 前日の炭水化物摂取量の影響について」 第59回日本糖尿病学会抄録
経口GLP-1受容体作動薬療法 Oral GLP-1RA therapy
経口セマグルチド(リベルサス Ⓡ)は注射薬のGLP-1受容体作動薬であるセマグルチドに工夫をして胃粘膜から吸収可能にした画期的な唯一の経口GLP-1受容体作動薬です。ただし薬剤を吸収させるため起床時にコップ半分の少量の水(約120ml)で服用して胃にとどまらせ約30分間飲食や他の薬剤の服用を控える必要があります。従来のGLP-1受容体作動薬は注射薬しかなく、注射に対する抵抗から患者の方々を解放した薬剤です。
GLP-1受容体作動薬は、GLP-1受容体を直接刺激しインクレチンホルモンであるGLP-1を介して膵臓のβ細胞に働き血糖に応じてインスリン分泌を促進し、一方では血糖を上げるホルモンであるグルカゴンを抑制し、両方向から血糖を下げていきます。低血糖も単独では引き起こしにくいと言われています。
更に脳に働き満腹感を引き起こし、胃からの食物の移動を遅らせることにより食欲を抑制します。また脂っぽいものが食べたくなくなるなど食事の好みが変化し高カロリーのものを好まなくなる場合もあります。その結果体重を減らすことが期待できます。ただし副作用としては悪心嘔吐などの消化器症状を認めることがあり、それを防ぐため3mg、7mg、14mgと用量は徐々に増やしていきます。
どうしても食べ過ぎてしまう脂っぽい食事を好む血糖コントロール困難な方には著効を示す可能性があります。
ミトコンドリア機能改善薬療法 Imeglimin therapy
糖尿病の発症原因の一つに細胞内のエネルギー産生器官であるミトコンドリアの機能異常があります。ミトコンドリア機能低下による膵β細胞のアポトーシスによる破壊や機能低下、骨格筋や肝臓のインスリン感受性低下、活性酸素過剰産生による酸化ストレス増加などがその病態と考えられています。イメグリミン(ツイミーグⓇ)はメトホルミンに類似した構造式の主に日本で開発された新薬です。イメグリミンは、ミトコンドリア機能の改善薬であり、活性酸素抑制による酸化ストレス低下作用をその特徴としています。血糖に関しては、血糖依存性にインスリン分泌を促進し、骨格筋や肝臓のインスリン感受性を亢進させ、2方向から血糖を下げていきます。更にアポトーシス抑制による膵β細胞保護作用や動脈硬化抑制、心臓機能改善、脳保護による認知症予防、肥満改善などの合併症予防が期待されます。副作用はメトホルミンと同様に悪心、下痢、便秘などの消化器症状が出現する場合があります。
約100年前に創られたメトホルミンと新薬イメグリミンの併用療法は血糖コントロールを劇的に改善する場合があることを経験しています。そしてこの組み合わせが今後、糖尿病の本質的治療薬となる可能性を秘めています。
GIP/GLP-1受容体作動薬療法 マンジャロⓇ療法
インクレチン(incretin)は、インスリン分泌刺激因子の意味で、腸から分泌されるインスリン分泌促進作用のある消化管ホルモンです。
1906年に、腸で作られ膵臓からのインスリン分泌を促す物質が存在するという仮説の下、腸粘膜の抽出物が糖尿病のある人の尿糖を減らすことが報告されました。1964年には、ブドウ糖を腸に投与した場合、ブドウ糖を静脈に投与した場合よりたくさんのインスリンが分泌されることが発見され「インクレチン効果」と呼ばれました。そして1970年に第一のインクレチンであるGIP(glucose-dependent insulino-tropic polypeptide 血糖値依存性にインスリン分泌を促す物質)が発見されました。更に1983年には第二のインクレチンであるGLP-1(glucagon-like peptide グルカゴンに似た物質)が発見されています。
GIPは小腸上部のK細胞から分泌され、血糖値が高いときにインスリン分泌を促します。興味あることに、通常体内で作られる量(生理学的濃度)では肥満を助長しますが、大量投与(薬理学的濃度)では逆に食欲が抑制され肥満が改善されインスリン感受性(インスリンの効き具合)が亢進することがわかっています。
GLP-1は小腸下部のL細胞から分泌され、血糖値が高いときだけインスリン分泌を促します。更に血糖を上げるホルモンであるグルカゴン分泌を抑制します。薬理学的濃度では脳に作用して食欲を抑制し、胃内容物排出抑制作用も認められています。
GIPは食物中の糖質(ブドウ糖など)、脂質(遊離脂肪酸など)、タンパク質(アミノ酸)に反応して分泌されます。GLP-1は食物中の糖質、脂質、タンパク質だけでなく神経系やホルモンを介しても分泌されます。
2型糖尿病では、GIPのインスリン分泌促進能は低下しますが、GLP-1のインスリン分泌促進能は比較的保持されているためGLP-1を補充する治療法が研究開発され、そして臨床で使用され効果を上げてきました。それがGLP―1受容体作動薬です。しかしながらGIPを薬理学的濃度で投与することによって食欲抑制による肥満改善、インスリン感受性亢進、そして血糖依存性のインスリン分泌促進効果を期待できることがわかってきました。そのような状況の中で登場してきたのがチルゼパチド(マンジャロⓇ)です。
GIP/GLP-1受容体作動薬、チルゼパチド(tirzepatideマンジャロⓇ)は天然GIPのアミノ酸配列を基本とした薬剤です。GIP受容体への結合が強い薬剤でありGIP受容体作動薬とも言うべき薬剤ですが、GLP-1受容体へも結合する新しい週1回の注射薬剤です。GIPの血糖依存的なインスリン分泌促進効果、食欲抑制作用、インスリン感受性亢進作用だけでなく、GLP-1の血糖依存的インスリン分泌促進効果、グルカゴン分泌抑制効果、食欲抑制効果および胃内容物排出抑制効果も期待できます。注目すべき点はインスリン感受性の改善により食後インスリン分泌が亢進されないことです。高インスリン血症をできるだけ避ける視点からは好ましい薬剤です。
日本人を対象とした研究(SURPASSJ-mono研究)では、52週間後、マンジャロⓇ5mgではHbA1c平均2.4%、10mgでは平均2.6%、15mgでは平均2.8%の低下が示されています。体重ではマンジャロⓇ5mgで5.8kg、10mgで8.5kg、15mgで10.7kgの減少を認めています。すなわち約1年でHbA1c約2.5%低下、体重約10kg低下の可能性があります。
副作用としてはGLP-1受容体作動薬と同様に、悪心、嘔吐、便秘、下痢などの消化器症状があります。約1~2割の方に出現する可能性がありますが、それを防ぐため用量は2.5mgより漸増していく必要があります。
マンジャロⓇは日本ではしばらく入手が困難でしたが、日本もようやく最大量である15mgまで処方可能となりました。肥満があり食欲や血糖のコントロールが困難で悩んでおられる方には起死回生の効果が期待できる最新治療法です。当院ではそのような方にはマンジャロⓇを積極的に処方しております。