院長コラム2018.11.30
英国のHimsworthは更に、1900~1931年(明治33年~昭和6年)の米国、オランダ、プロシア(ドイツ)、英国、オーストラリア、イタリア、日本などの国別の糖尿病死亡率と食事との関係を調べた疫学研究を1935年に32ページの論文で発表しています。
この研究では、当時は糖尿病発生率を直接示す情報がないため糖尿病死亡率を糖尿病発生率の代用としています。糖尿病死亡率は医療水準や死亡届の精度の影響も受けると考えられますが、それにもかかわらず糖尿病死亡率は糖尿病発生率を反映していると仮定しています。
糖尿病死亡率が最も異なっていたのは日本と米国でした。糖尿病死亡率(人口10万対)は、日本の3.5に対して米国24だったのです(1930年 昭和5年)。そして食事も大きく異なっていました。その頃の日本人の食事は典型的な高炭水化物低脂肪食(炭水化物85%、脂肪5%)で、米国はその反対の低炭水化物高脂肪食(炭水化物51%、脂肪36%)でした。他の国の糖尿病死亡率は日本と米国の中間に位置し、食事内容も日本と米国の間に位置していました。つまり炭水化物の摂取量が減り脂肪の摂取量が増えるほど糖尿病死亡率は増加していたのです。またタンパク質の摂取量は国によって異なっていましたが、その総カロリーに対するカロリー比(パーセントカロリー)は人種民族を超えて驚くほど一定であることを発見しています。食事内容は違うのにタンパク質のパーセントカロリーはほぼ12%で一定だったのです。すなわち、変わるのは炭水化物と脂肪のパーセントカロリーであり、それらはお互いに反比例し高炭水化物食は低脂肪食になり、低炭水化物食は高脂肪食になります。
Himsworthは、第一次世界大戦(1914年~1918年)が糖尿病に与えた影響もみています。戦争によって食糧事情が悪化すると総摂取カロリーはほとんど変わりませんが脂肪が減って炭水化物が増えており、そのような国ほど糖尿病死亡率が低下していたのです。
米国への各国からの移民は低炭水化物高脂肪食になるにつれ糖尿病死亡率が増加しており、人種は糖尿病の発症とは関係ないと考察しています。当時のイタリアは、調査した国々の中では日本に次いで糖尿病死亡率が低く、そして日本に次ぐ高炭水化物低脂肪食でした。ただしイタリアの米国への移民たちは母国の食事習慣を守ったため糖尿病死亡率の増加はなかったのです。
経済的に豊かになるほど脂肪摂取量が増え炭水化物摂取量が減少し糖尿病死亡率も増加するという傾向にも気づいています。
以上より、低炭水化物高脂肪食の国で糖尿病の発症が多くなり、高炭水化物低脂肪食の国は糖尿病の発症が少ないという結論を導いています。炭水化物のパーセントカロリーと糖尿病死亡率の関係を図で表していますが、炭水化物の少ない食事を好んで食べている国ほど糖尿病死亡率(糖尿病発生率)が多く、炭水化物の摂取量が多い国ほど糖尿病死亡率(糖尿病発生率)が少ないことが示されています。すなわちご飯ばかり食べていた頃の日本は糖尿病は少なかったという日本人としての印象は正しくその食事こそが日本人を糖尿病から守っていたと考えることができるのです。
このような観察は大雑把すぎるという批判もあるかもしれませんが、ある特定の部分しかみない傾向のある最近の研究に対して全体像(the whole picture) をつかんだ優れた研究であると考えています。Himsworthは糖尿病の歴史が語られるときは必ずその名前が挙げられる研究者ですが、実際に彼の論文を読んでいる医師は現在ではごく僅かではないかと考えています。そのため彼の先見的な研究が埋もれている現状です。
約80年前に遠い英国から日本と米国の糖尿病の状況に思いをはせ、このような本質的な重要な発見を行った彼の業績に敬意を表したいと思います。