院長コラム2017.11.12
食後高血糖が動脈硬化を引き起こすという仮説が10年以上前より宣伝されています。最近は高血糖スパイクという恐怖感を煽るような表現まで使われるようになりました。しかしながら、臨床的にはこの仮説を支持するような決定的研究はいまだないのです。この仮説に関する重要な研究は2009年に発表されたHEART2Dtrialです。超速攻型インスリンと持続型インスリンを使って、食後血糖コントロール群と空腹時血糖コントロール群の2群をHbA1cを同程度にして比較しましたが心筋梗塞、脳卒中の発症率, 心血管疾患による死亡率は差がなかったのです。米国糖尿病学会もこの研究を決定的なものとして最新のガイドラインでも食後高血糖の動脈硬化に関するHbA1cと独立した病的意義は明らかではないとしています。またこの仮説の根拠とされている75gブドウ糖負荷試験2時間値を使用した疫学研究は、その前日の炭水化物摂取量を指示していない限り信頼性は低いものです。75gブドウ糖負荷試験2時間値は前日の炭水化物摂取量に大きな影響を受け、炭水化物摂取量が少ないと負荷後2時間血糖は高値になります。すなわち負荷後2時間値は再現性に乏しいのです。食後血糖に関する代表的な疫学研究であるDECODE、DECODA、FUNAGATAの論文には負荷試験における炭水化物摂取量の指示に関する記載はありません。更に頸動脈エコーによる内膜中膜複合体の厚さの変化によって食後高血糖と動脈硬化の関係を主張した研究もありますが、これも100分の1mm単位で有意差を出しており、エコー解像度の限界を無視した研究であり信頼性に疑問を持たれています。また食後血糖を低下させる薬剤であるグリニド薬やDPP4阻害薬を使用した研究でも心筋梗塞の発症の差はなかったのです。現時点では食後高血糖が動脈硬化を引き起こすという仮説はあくまで仮説であってむしろ臨床的には真実ではない可能性があります。
現時点では食後血糖ではなくHbA1c7%未満と空腹時血糖140mg/dl未満のコントロール目標を保つことがあくまで重要です。このコントロール基準を満たした上で、食後血糖に過敏にならず食後は血糖は多少上がるものだというようなおおらかな気持ちで毎日の食事をとるほうがストレスを避ける意味でも大切であると考えています。不安感を伴う過剰なストレスは免疫能を低下させあらゆる疾患の病因となり得ます。
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